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名古屋地方裁判所 昭和29年(ワ)1514号 判決

原告(当事者被参加人) 学校法人 高木学園

当事者参加人 前田芳雄 外一名

被告(当事者参加人) 後藤保太郎 外二名

主文

原告高木武彦の訴を却下する。

原告学校法人高木学園の請求をいずれも棄却する。

参加人と原告らおよび被告後藤保太郎との間において、別紙第一目録〈省略〉記載の建物ならびに同第二目録〈省略〉記載の土地が参加人の所有であることを確認する。

原告学校法人高木学園は参加人に対し前項の建物ならびに土地を明渡せ。

原告学校法人高木学園は参加人に対し、昭和三一年六月二九日以降同年一二月三一日迄は一箇月金二七、八〇〇円、昭和三二年一月一日以降同年一二月三一日迄は一箇月金二九、〇〇〇円、昭和三三年一月一日以降同年一二月三一日迄は一箇月金三一、四〇〇円、昭和三四年一月一日以降同年一二月三一日迄は一箇月金三三、九〇〇円、昭和三五年一月一日以降同年一二月三一日迄は一箇月金三八、七〇〇円、昭和三六年一月一日以降前項の明渡ずみに至る迄は一箇月金四三、六〇〇円の各割合による金員を支払え。

参加人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中参加に関して生じた費用は原告らおよび被告後藤保太郎の負担とし、その余は全部原告らの負担とする。

事実

原告兼被参加人(以下単に原告という)ら訴訟代理人は、「(一)別紙第一目録記載の建物(以下単に本件建物という)につき、(1) 原告学校法人高木学園(以下単に原告学園という)と被告らとの間において、同原告が所有権を有することを確認する。(2) 被告兼被参加人後藤保太郎(以下単に被告後藤という)は、原告学園に対して名古屋法務局昭和二九年三月二六日受附第八八一三号同年同月一九日売買を原因とする同被告への所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。(3) 被告前田一夫は、原告学園に対して名古屋法務局昭和二九年六月二三日受附第一九一三一号同年同月二一日譲渡を原因とする「移転請求権仮登記譲渡による移転」の同被告への附記登記の抹消登記手続をせよ。(4) 被告前田はつは、原告学園に対して名古屋法務局昭和二九年六月一七日受附第一八四八一号同年同月一六日設定を原因とする債権額金三〇〇万円、弁済期同年七月一五日、利息日歩四銭利息支払期前払、特約期日後の損害金は元金百円につき日歩八銭の同被告への抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。(二)別紙第二目録記載の土地(以下単に本件土地という)につき、(1) 原告学園と被告らとの間において、同原告が所有権を有することを確認する。(2) 被告後藤は原告学園に対して名古屋法務局昭和二九年三月一九日受附第七八一七号同年同月同日売買を原因とする同被告への所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。(3) 被告前田一夫は原告学園に対して名古屋法務局昭和二九年六月二三日受附第一九一三二号同年同月二一日譲渡を原因とする「移転請求権仮登記譲渡による移転」の同被告への附記登記の抹消登記手続をせよ。(4) 被告前田はつは、原告学園に対して名古屋法務局昭和二九年六月一七日受附第一八四八一号同年同月一六日設定を原因とする債権額金三〇〇万円、弁済期同年七月一五日、利息日歩四銭利息支払期前払、特約期日後の損害金は元金百円につき日歩八銭の同被告への抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。(三)「訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決、および原告学園の右(二)の請求が認容せられない場合予備的に原告高木武彦と被告らとの間で、右(二)の請求と同趣旨(但し原告学園とある部分をすべて原告高木武彦とする)の判決を求め、参加人の請求に対し「参加人の請求を棄却する。参加手続費用は参加人の負担とする。」との判決を求め、請求の原因、並びに被告らの主張及び参加人の請求に対する答弁として次のとおり述べた。

(一)(1)  本件建物は、昭和二八年二月二三日設立登記された原告学園の建築所有にかかる同学園の基本財産であつて、現に学校校舎として使用中のものであり、また本件土地は、かつて、同学園理事長である原告高木の所有に属していたが、右学園の設立に先立ち昭和二七年九月一九日付をもつて同学園に寄附されその所有に帰したものである。

(2)  しかるところ、右土地建物については申立欄に掲記のごとき被告後藤に対する売買を原因とする所有権移転登記を経由しているが、原告学園としては勿論のこと、原告高木も同被告には全く面識もなく、かつて売買その他の右登記の原因となるべき法律行為をしたことは一度もないのであるから、右登記は実体上の原因に基かない無効のものであり、従つてこの無効の登記を起点とする無権利者である同被告から参加人に対してなされた旨の本件建物についての名古屋法務局昭和二九年五月二四日受附第一五九四三号同月一九日の売買予約、また本件土地についての同法務局同月二六日受附第一六二〇三号同日の売買予約を原因とする各所有権移転請求権保全の仮登記、参加人から、被告前田一夫に対してなされた旨の本件土地建物についての、申立掲記の「移転請求権仮登記譲渡による移転」の各附記登記、および被告後藤が本件土地建物につき被告前田はつに対しなした旨の、申立掲記の各抵当権設定登記はいずれも無効であること明白である。

(3)  被告らは本件土地建物に対する原告学園の所有権を争つているのでこれの確認と、無効な前記申立掲記の各登記の抹消を求めるため本訴に及んだ。なお本件土地に関しては、原告高木からの原告学園に対する前記寄附に基く所有権移転登記を未だ経由していないので、もし原告学園においてその所有権取得を被告らに対抗し得ないとすれば、予備的に原告高木は申立掲記のような所有権確認並びに各登記抹消を求める。

(二)  実体上の原因を欠くにも拘らず右の如き各登記が経由されたのは、およそ次のごとき事情によるものと思われる。即ち、訴外株式会社金定商店は、参加人から昭和二八年一月二八日以降手形割引の方法により月五分の利息で金融を得て来たが、昭和三四年一一月一六日現在において元本額金一九五万円の未済勘定(但しこれも同日弁済供託したことにより消滅した)を残していたが、その中途の昭和二八年一〇月二二日金一〇〇万円の貸増を受けるにあたり、右参加人からの要求に応じて、右訴外会社の代表者でもある原告高木個人及び同原告の原告学園理事長としての資格における各記名押印ある二通の白紙委任状、並びにこれに必要な印鑑証明書各一枚(これは毎月提供してくれとの申出であり、該申出は遵守せられた)、さらに本件土地の権利証(見たいからというだけの理由であつた)を交付したことがあるが、これらが参加人及び被告後藤の共謀悪用に供された結果、同被告に対する所有権移転登記がなされ、ついで参加人の手によつてその余の各登記が擅に経由されるに至つたものであろうと思われる。被告ら及び参加人の主張事実のうち、原告らの右主張に符合する部分は認めるが、その余の事実を全部否認する。

(三)  仮に被告ら及び参加人の主張の如く、参加人からの前記金員の借入は前記訴外会社ではなく、原告学園がなしたものであり、かつ本件土地建物をこれが担保に供し、右借入金を期限に支払わないときはこれを代物弁済として参加人にその所有権を移転せしめる旨の契約があり、その履行として被告後藤に対する前記所有権移転登記がなされたものであるとしても、該契約は次の理由により無効である。

(1)  原告学園の右金員借入は、私立学校法第三七条第四二条、原告学園寄附行為第一三条(学校法人の業務の決定は理事会によつて行う旨を規定)、第七条(借入金『当該会計年度内の収入をもつて償還する一時の借入金を除く』、基本財産の処分、運用財産中の不動産等の処分等に関する事項は、理事の三分の二以上の議決を要する旨を規定)及び第一八条(前記事項は評議員会の議決を要する旨を規定)に背馳して、原告高木において独断専行した無効の行為であり、従つて右借入に際し締結されたと称する代物弁済の予約もまた無効に帰すること明白である。なお右行為の効力が相手方の善意悪意により影響されないことは、右法律の趣旨に徴し疑いないばかりか(大審院大正一五年(オ)第二一二一号同年一二月一七日判決参照)、参加人は学校法人に対する種々の法律上の制約を知悉しており、到底善意の第三者ということはできない。このことは次の(2) の場合にも同様である。

(2)  しかのみならず、右代物弁済の予約も、私立学校法第三七条第四二条、右寄附行為第一三条、第七条、第一八条に違背して、理事長たる原告高木の独断専行によつて締結されたものであるから無効である。

(3)  しかも、右代物弁済契約は、参加人において原告学園及び原告高木の窮迫に乗じ、借入金一九五万円に対し、これを弁済しないときは直ちに同借入金の数倍の価値ある本件土地建物の所有権を取得しようとの企図を内容とするものであるから、公序良俗に反し、無効のものといわなければならない。

被告ら訴訟代理人は、原告の請求に対し「原告らの請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め答弁として、次のとおり述べた。

(一)(1)  原告ら主張の(一)の事実中、本件建物が原告ら主張の日時に設立登記せられた原告学園の所有に属していたこと、及び本件土地建物につき、原告ら主張の如き被告ら名義の各登記を経由していること、を認めるが、その余の事実を否認する。仮に本件土地が原告高木より原告学園に対し寄附せられたとしても、その旨の登記を経ていないから、原告学園は該土地につき後記の如く正当な権利関係をもつに至つた被告らに対しその所有権を主張するに由ないものである。

(2)  被告後藤の所有権移転登記は、次の如き経緯によりなされたものであるから、該登記は勿論、その余の被告らの登記もまた正当であつて何ら抹消さるべきいわれはない。即ち、参加人は原告学園に対し校舎建設及び学園経営の資金として、昭和二八年三月頃より無担保にて金融を与え来たところ、同年一〇月頃さらに金一〇〇万円貸増の懇請を受けたが、従前の如き信用貸を続けることもいささか懸念されたので、担保の差入を求め、原告学園および原告高木もこれを諒として、もし原告学園が右借入金を返済しないときは、原告学園所有の本件建物及び原告高木所有の本件土地を参加人に提供し、参加人またはその指定する第三者に所有権移転登記をなすべき旨の代物弁済の予約ないし譲渡担保契約を締結し、そのため登記申請に必要な権利証、委任状および印鑑証明書の交付を受け、爾来原告らは毎月新らしい印鑑証明書を届けて来た。その後一部返金を受けた分もあるが、これより多くの貸増をなし結局昭和二九年二月上旬において、未済元金は金一九五万円となつた。ところで、元来右貸付金はいずれも支払期限が約一ケ月の約定であつたが、原告学園の返済が円滑を欠いたため、その未済分は全て一ケ月毎に更新を重ねてきたけれども、右二月上旬に至り、参加人は資金の必要に迫られて、もはや期限の更新はなし難く、従つて爾後支払期限の到来次第順次返済して貰い度い旨の意思を表明したが、原告らはこれに何らの反応も示さなかつたので、参加人において、念のため、同年三月一八日原告らに対し、右貸付金の返済が得られないならば、前記担保契約に基き自己または第三者に本件土地建物の名義を移転する旨の警告を発したところ、異議ないとの返答もあつたので、右言明どおり前記担保契約に基き、被告後藤に右土地建物の所有権を譲渡して、同被告名義の前記所有権移転登記を経由するに至つたのであるから、右登記はもとより適法になされたものであり、従つて、その後に経た爾余の被告らの前記各登記も全て正当なものである。

(二)  原告らの(三)の主張事実は全部争う。なお同(1) 及び(2) の主張については、参加人は原告学園理事長たる原告高木が、私立学校法ないしは同学園の寄附行為により内部的にその権限行使を制限されていたことを知らずに、即ち善意で、原告高木の借入申込に応じ、また前記担保契約を締結したものであるから、同法第四九条によつて準用されている民法第五四条に照し、原告らは右制限をもつて参加人及び被告らに対抗することは出来ない筋合である。

次に被告後藤(被参加人)訴訟代理人は、参加人の請求に対し何も述べなかつた。

参加人訴訟代理人は、「(一)被参加人ら(本訴原告らおよび本訴被告後藤)と参加人との間において、本件土地建物が参加人の所有であることを確認する。(二)被参加人(本訴原告)学校法人高木学園および同高木は右土地建物を参加人に明渡せ。(三)右学園は参加人に対し昭和三一年六月二九日から右明渡完了まで一ケ月金八万円の割合による金員を支払え。(四)参加に関する訴訟費用は被参加人らの負担とする。」との判決ならびに(一)を除く部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  被告後藤が本件土地建物の所有権を取得するに至つた経緯及びその原因は被告ら主張のとおりであるから、これを援用する。しかして、被告後藤は結局参加人のいわば信託によつて右所有権を取得したものであるところ、その当時参加人は同被告との間に、かように信託的に譲渡した所有権を任意の時に参加人自身もしくはその指定する第三者に移転し、移転登記手続を経由し得る趣旨の契約を締結し、その目的のため同被告から本件土地建物の権利書、売渡証委任状印鑑証明書の交付を受けたほか、念のため参加人が何時にても右所有権を自己もしくはその指定する第三者に移転しても異議ない旨の書面を差入れしめてこれを所持していたので、昭和三一年六月二九日右契約の趣旨に則りこれが所有権を取得するとともに同日付にてその旨の登記を経由した。従つていまや本件土地建物は参加人の所有に帰し、右被告は何らの権利も有しないものである。

(二)  よつて、原告ら及び被告後藤との間に右所有権が参加人に属することの確認を求め、さらに原告らに対してはこれの明渡を、また原告学園に対しては右昭和三一年六月二九日から明渡完了までその不法占有により参加人の蒙りつゝある家賃及び地代相当の損害金として一ケ月金八万円の割合による金員の支払を各求めるため当事者参加する。〈立証省略〉

理由

(一)  まず第一に原告高木の訴につき判断する。

原告高木は、本件土地につき原告学園の各請求を棄却される場合を慮つて、予備的に自己において本件土地についての所有権確認及び前記各無効の登記の抹消登記手続を求めるものである。右は講学上いわゆる主観的予備的併合と呼ばれるものである。複雑化した現在の社会的経済的諸情勢のもとで、主観的予備的併合の実際的必要性が増大しており、これを許容することによつて得られる原告の便宜、訴訟経済上の利益の大であることは当裁判所もこれを認めるに吝ではない。まして本件のように、相手方の意思のみにかかつていて予測不可能な、対抗要件の欠缺の主張の有無によつて原告たるべき者が確定される場合には、その必要性は一層大きいと考えられ、また本件のように主観的予備的併合の関係が原告の間に存する場合には、一般に主観的予備的併合を不適法とする見解において、その論拠の一とする予備的に併合せられた被告の不利益の問題を全く顧慮する必要がないこともまた明らかである。しかし異る当事者間での予備的併合を認めることは、現行民事訴訟法のとる共同訴訟人独立の原則と予備的併合につき要請する審判の統一ということとの調整の点で未だ首肯するに足る理論的な解明がなされず、殊に審級の関係で破綻を免れないから、結局現行民事訴訟法のもとにおいては共同訴訟の構造になじみ得ない不適法な訴訟形態と解さざるを得ない。従つて、原告高木の訴は不適法として却下さるべきものである。

(二)  つぎに本件土地建物につき、登記簿上原告ら(正確には原告高木学園及び参加人の請求に対し被告たる地位にある高木武彦であるが、便宜右両者を原告ら、高木武彦を原告高木という)主張の各登記の存すること、並びに参加人はその主張の頃、その主張の如き金融をなし(但し、その相手方については争いがある)、原告高木においてその主張の頃本件土地建物の権利証、委任状、印鑑証明書を参加人に差入れたことは、いずれも当事者間に争いがない。

(三)  そこで先ず、右消費貸借契約の当事者並びに本件土地建物に関する担保契約の有無について判断する。いずれも成立に争いのない甲第一号証、乙第四号証の一乃至一〇、同第五号証、原告高木の肩書部分及び宛名人の記載部分を除きその成立に争いがなく、該部分も証人前田芳雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一乃至六八、並びに証人森一郎、同前田芳雄、同八神栄之助の各証言、原告本人兼原告学園代表者高木武彦の尋問の結果(後記措信しない部分を除く)、参加人本人の尋問の結果に弁論の全趣旨を併せ総合すると、次の事実を認めることが出来る。原告高木は事務用品の販売並びにこれに附属する一切の業務、邦文タイピストの養成、タイプ印書等を目的とする訴外株式会社金定商店(同訴外会社は昭和二八年一二月五日に株式会社菊武商店と商号を変更)の代表取締役であつたが、昭和二七年タイピストの養成を目的とする私立学校の設立を企図し、同年九月二〇日設立決議をなし、自己が設立代表者(設立後は理事長の予定)となつて着々と準備を進めてきたが、校舎建築の資金に窮し、かねて金光教の信者仲間として顔見知りの参加人に対し同年一一月頃から右資金としての金円の融通方を懇請し、昭和二八年一月頃建築業者に対する手附金に充てるため金二〇万円を参加人より借受けたのを初めとして、爾来数回にわたり右建築資金もしくは校舎竣工披露の費用に充填すべく金員借入を続けてきたこと、右借用はその弁済を一ケ月後、利息月五分の約定の下になされたが、双方別段契約書等を取交わすこともなく、ただ支払を担保する意味で前記訴外会社が参加人にあて振出した借入金と同額面の約束手形を参加人に交付するとの便宜的な方法がとられ、期限経過後も参加人は直ちに右手形金を取立てることをせず、原告高木において右約定利息を持参するのに応じ、それぞれ約束手形を書替えることによつて期限の更新が繰返えされてきたこと、原告高木が設立を企図した前記目的の私立学校は、昭和二八年二月一四日愛知県知事の設立認可を受け、ここに原告学園(理事長原告高木)として正式に発足することとなつたので、原告高木と参加人はそれまで原告高木が参加人より借受けた借入金につき原告学園を借主に改めたのであるが学校法人としての体面上もあつて、その後も借入れないし期限更新は、右訴外会社の参加人あて振出した約束手形を契約書ないしは領収書に代え交付するとの従前同様の方法で行われてきたこと、しかるところ原告学園は、同年一〇月一五日頃に至りその校舎建築業者たる八神建築合資会社より建築請負代金の支払を迫られ、原告学園代表者である原告高木においてやむなく参加人に金一〇〇万円の貸増方を申し入れたが、当時既に参加人からの借用額は金五〇万円乃至金六〇万円の多額に上つていたので、参加人は、右申入れに応じて貸増をなすにあたり、従来原告高木個人およびその父高木定吉の一般財産を事実上右消費貸借上の債務の窮極の引当としてきた態度を改め、原告学園建築の本件建物並びに昭和二七年九月一九日原告高木から原告学園(設立中)への寄附申込により原告学園設立とともに同学園の所有に帰した本件土地を、右貸付金即ち貸増分および従前貸付け幾度か弁済期限を更新してきた分の担保として提供を受け、もし借用金を約定弁済期までに返済しないときは、その支払いに代え右土地建物の所有権を参加人もしくはその指定する第三者に移転する旨の担保契約の締結を求め、原告高木も、前記建築業者からの強い請負代金支払の請求に困惑しており当時他に金策の方途とてなかつたところから、原告学園代表者としてこれを約諾して、右の移転登記に必要な書類として右土地建物の権利証(建物についてはまず保存登記を経由した後)、白紙委任状、印鑑証明書(原告学園代表者のものと原告高木個人のもの、原告高木個人のものは本件土地につき未だ原告学園に対する移転登記を経ていなかつたため必要であつた。)等を交付したこと、そこで参加人は昭和二八年一〇月二二日頃原告学園に対し金一〇〇万円を貸増したこと、右貸増もやはり弁済期限一ケ月、月利五分の約定で前記訴外会社が同額面の約束手形を振出して行われたが、その後右期限到来前原告高木が右約定利息並びにあらたな印鑑証明書を持参して約束手形を書き替え期限の更新を得るとともに、前同様の代物弁済に関する約定が維持せられてきたところ、昭和二九年二月中旬には参加人より原告学園に対する貸付金元金額が一九五万円となつたこと、参加人は、原告学園に対しその頃予め爾後の更新を拒絶して、弁済期到来(右一九五万円の貸金の弁済期は同年三月一一日までに到来)後直ちに右借用金を返済するよう警告し、次いで同年三月一六日頃再度右弁済を要請し、弁済なきときは右代物弁済の予約に従い自己もしくはその指定する第三者において右土地建物の所有権を取得するに至るべき旨の意思を表明したが、原告学園において弁済しなかつたので、前記差入れしめた権利証、白紙委任状、印鑑証明書等を使用して、同月一九日本件土地につき同日付売買原因とし、同月二六日本件建物につき同月一九日売買を原因とし、被告後藤名義の各所有権移転登記を経由するに至つたこと(登記を経由したことについては当事者間に争いがない)。以上の事実を認めることが出来る。原告本人兼原告学園代表者高木武彦の尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠と対比してたやすく信を措き難く、他に右認定を動かすに足る証拠もない。

(四)  原告らは、右認定の原告学園と参加人との間の本件土地建物についての代物弁済の予約の効力について、前記消費貸借契約および右代物弁済の予約はいずれも原告高木の独断専行に基くもので、私立学校法第三七条、第四二条並びに原告学園寄附行為のうち、原告学園の業務の決定は理事会によつて行う旨を定めた第一三条、借入金(当該会計年度内の収入をもつて償還する一時の借入金を除く)基本財産の処分等に関する事項は理事の三分の二以上の議決を要する旨を定めた第七条、及び右事項については評議員会の議決を要する旨を定めた第一八条に違背するから、同学園に対しその効力を生じない旨主張する。なる程、成立に争いのない甲第一号証によれば、原告学園の寄附行為において、右の各事項が規定せられていることが認められる。しかしながら学校法人を代表する理事(右甲第一号証によれば、原告学園においては理事長たる理事及び事業理事のみが代表権を有することが認められる)の代表権に加えた制限は、その旨の登記を経ていない限り(私立学校法第二八条、同法施行令第一条第七号)これをもつて善意の第三者に対抗することを得ない(私立学校法、第四九条民法第五四条)ものであり、原告学園寄附行為の前記規定は原告学園代表者の代表権を制限する趣旨のものと解するのが相当であるから、原告学園代表者である原告高木が原告学園を代表して参加人との間になした本件消費貸借及び本件土地建物についての代物弁済契約が右規定に違背して無効であることを原告学園より参加人及び被告らに主張できるためには、右規定による制限事項につき登記を経ているか、これを経ていないときは参加人及び被告らが悪意であることを要するといわねばならない。ところが、原告らは右登記を経ている旨主張立証をしておらず、又前記認定事実によれば参加人は原告学園代表者の代表権に対する右制限につき善意であつたものと推認されるから、原告らの右主張は採用出来ない。原告ら引用の判例は、理事の代表権が当然に業務の全般に及ぶことを法律自体をもつて制約している場合、即ち法律が原始的に特定の事柄につき所定の手続を経ることをもつて理事の権限発生の要件と定めている場合についてのものであるところ(事案は漁業組合令第二〇条所定の総会決議を経なかつた不動産取引に関する)、私立学校法は学校法人につき多くの私法人におけるそれと同様に原則として理事に包括的に権限を付与し、これを基礎として同法第四九条によつて準用する民法第五四条のいわゆる制限を加えているのであるから、既にその立脚点において異なり本件に適切でない。尤も私立学校法第四二条の規定は、右にいう法律自体をもつて理事の代表権に制限を加えた規定と解する余地もないわけではなく、原告らも一面それを主張するかの如くである。しかし、同規定は学校法人の公益性に鑑みその維持昂進を図るため、学校法人の運営に基本的な事項につき各様の階層からの被選任者をもつて組織する評議員会の諮問を経ることによつて、重要な業務の決定にその意向を反映せしめんとするものに止まり(同条第二項に則り、これを超えて寄附行為その他をもつてその議決を要する旨定めることは、典型的な民法第五四条にいう制限である)、もとよりその最終的な決定権は理事会の掌握するところであること明らかであるから、まさに純然たる内部関係に関する規定というべく、原告高木の独断専行によるものであることを参加人が知悉していたというのであれば格別、さもない本件においては仮に右評議員会の諮問を経ていないとしても、対外的に原告高木の前記代表行為を目して無効ということは出来ない筋合である。

(五)  更に原告らは、右代物弁済契約は公序良俗に反し無効である旨主張しているので検討する。前認定のように本件建物は右代物弁済契約の目的物として供されたものであるが、証人八神栄之助の証言並びに同証言により真正に成立したものと認められる甲第二一号証によれば、右建物建築の請負代金として金三〇〇万円が建築業者に支払われていることを認めることができるところ(該認定に反するかのごとき記載のある乙第一〇号証は、右証言によれば、作成名義人たる訴外八神栄之助が作成したのではなく、その長男八神八太郎において軽卒に作成したもので、その記載内容も真実に反していることが認められるので措信し難い)、右事実に鑑定人早川友吉、同染木正夫(昭和三六年五月一一日附)の各鑑定の結果を併せ徴すると、前示代物弁済の予約がなされた昭和二八年一〇月頃、右建物は少くとも金三〇〇万円以上の価格を有していたことが明らかであり、証人前田芳雄の証言並びに参加人本人の尋問の結果中右認定に牴触する部分は信用できない。しかして右鑑定人染木の鑑定の結果によれば、右日時頃の本件土地の価格は約金一六〇万円であつたことを認めることが出来るのである。(鑑定人早川の鑑定の結果中右認定に牴触する部分は、同人の証言により一応の裏付けを有することが窺われないでもないが、証人吉田吉男、同須賀吉長、同石原末吉、同井上兼次郎の各証言に徴し、当裁判所として未だ採用できない)従つて本件代物弁済契約により参加人の取得すべき本件土地建物の価格は前記認定の参加人の債権額(代物弁済予約当時は一五〇万円から一六〇万円位)を相当に超えていることは明らかであるが、前記認定の右代物弁済予約が締結されるまでの経緯、原告本人兼原告学園代表者高木の尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一七号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二〇号証並びに証人前田芳雄の証言及び参加人本人の尋問の結果によれば、原告高木は学園設立前より既にタイピストの養成所を経営していたが、税金その他の関係を考慮してこれを学校法人化すればその収益が増大するものと考えていたこと等を考慮するときは、本件代物弁済予約当時本件土地建物の価額と参加人の債権額とが前記のとおりであつても、本件代物弁済予約が公序良俗に反し無効のものとはいゝ難く、参加人が原告学園の窮迫と無思慮軽卒等に乗じ不当の利益を得る目的で本件代物弁済予約をしたとのことは本件全立証によつてもこれを認めることが出来ないので、原告らの右公序良俗違反の主張も採用出来ない。

(六)  以上によれば、原告学園と参加人との間における本件代物弁済契約を無効たらしむべき理由は何もないこととなる。しかして前記認定したところによれば、原告学園は、参加人が予め更新を拒絶し弁済期到来後直ちに前記債務を返済するよう警告したのにも拘らず履行期を徒過し、その後昭和二九年三月一六日頃、参加人が原告学園に対し弁済なきときは右代物弁済の予約に従い自己もしくはその指定する第三者において本件土地建物の所有権を取得するに至るべき旨の意思表示をなしたのに対しても原告学園は右債務を弁済しなかつたのであるから、右の意思表示により右代物弁済契約は完結せられ、本件土地建物は右の日時に参加人の所有(所有権を取得せしむべき第三者を指定した事実は認められないから)に帰属するに至つたものである。従つて、被告らに対しその所有権の確認を求める原告学園の請求は理由がないといわざるをえない。

(七)  次に本件各登記が経由せられた経緯は、各登記原因たる事実が存したとの被告らの主張は、証人前田芳雄の証言及び参加人本人の尋問の結果中これに符合する部分は、後記各証拠に対比してたやすく措信できず、他に右事実を認定するに足る証拠はない。却つて、証人後藤倉造、同前田芳雄(前記措信しない部分を除く)の各証言、参加人本人(前記措信しない部分を除く)、被告本人後藤保太郎の各尋問の結果並びに証人後藤倉造の証言により真正な成立を認めうる乙第八号証、丙第三号証、同証言によりその原本の存在並びにその真正な成立を認めうる丙第二号証に弁論の全趣旨を併せ徴すれば、参加人が前記認定のように被告後藤名義に本件土地建物の所有権移転登記を経由したのは、税金に対する配慮その他の理由から直ちに参加人名義にて所有権移転登記を経由することを好まなかつたからであること、右移転登記をなすについては参加人は右の事情を訴外後藤倉造に打ち明けて相談し、同訴外人の提案により同人の兄である被告後藤保太郎名義で移転登記を経ることとし、もとより両者同姓であるところからその登記手続をなすに必要な書類作成のため有合せの認印の貸与を受けてこれを使用して登記手続を了したものであること、その後被告後藤は右のように自己名義の所有権移転登記を経たことを了承し、参加人に印鑑証明書白紙委任状各一通等を交付したことはあるが、被告前田はつから金三〇〇万円を借り受けてこれを担保するため同被告に対し本件土地建物上に抵当権を設定したこともなければ、参加人に対しこれが売買予約あるいは売買と目されるが如き行為をしたこともなく、畢竟原告ら主張の各登記即ち右土地建物に関する被告後藤に対する所有権移転登記ならびに同被告からの被告前田はつに対する抵当権設定登記、および参加人に対する所有権移転請求権保全の仮登記、被告前田一夫に対する移転請求権保全仮登記譲渡による移転の附記登記はいずれも実際には参加人の手によつて申請された実体上の権利変動に基かないものであることを認めることができる。してみれば右各登記はいずれもその実体上の原因を欠くものとして無効というべきものである。しかし前段に判示したように本件土地建物の所有権が既に参加人に帰属するに至り原告学園は現在の所有者でない以上、直接所有権に基く物権的請求権の行使として右土地建物につき存する前記各無効の登記の抹消を求めることの出来ないことは明らかである。尤もおよそ不動産登記は一面権利変動の過程と態様を明らかにすることもその担うべき役割の一とするこというまでもなく、従つて登記が過去の権利関係の変動と合致しない場合には現在の実質上の権利者の登記請求権を満足せしめるためには、かつて実質上かつ登記簿上権利者であつた者は、その権利を失つた後においてもなお実際の権利変動の過程と登記簿上のそれとの不一致を是正するため登記名義冒用者に対して該登記の抹消を求め得ると解されているけれども、本件においては、参加人の主張する如く本件土地建物につき昭和三一年六月二九日附にて被告後藤から参加人に対する売買を原因とする所有権移転登記が経由されていることは、原告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなすべく、さすれば右登記も原因を欠くものであること前記認定事実に徴し明らかであるけれども、現在の実質上の権利者である参加人に登記名義が移転したのであるからまさに現在の権利状態に符合するに至り、登記請求権はもはや充足せられたものというべく、右の観点からしても、原告学園には前記各無効の登記の抹消登記請求権は存在しない。従つて原告学園の右の抹消登記手続を求める請求は理由がない。

(八)  更に進んで参加人の各請求につき判断する。本件土地建物が現在参加人の所有に帰属するに至つていること以上述べ来つたとおりであるから、原告らおよび被告後藤との間にその確認を求める請求、並びに右所有権に基き原告学園に対し本件土地建物の明渡を求める請求はいずれもその理由があるというべきである。しかし、原告高木に対し本件土地の明渡を求める部分は、同原告が右学園理事長としての地位に基きこれを使用管理していることはもとより理の当然であるが、それとは別に同原告自身で不法に占拠使用していることについては本件全立証によるも未だこれを認めるに由なく、即ち参加人はこの点についての必要な立証を尽さないから、これを認容することは出来ない。そして鑑定人染木正夫の昭和三六年七月七日附鑑定の結果に徴すれば、本件土地建物の昭和三一年六月二九日以降の一ケ月あたりの合算賃料額は、同年一二月三一日までは金二七、八〇〇円、昭和三二年一月一日以降同年一二月三一日までは金二九、〇〇〇円、昭和三三年一月一日以降同年一二月三一日までは金三一、四〇〇円、昭和三四年一月一日以降同年一二月三一日までは金三三、九〇〇円、昭和三五年一月一日以降同年一二月三一日までは金三八、七〇〇円、昭和三六年一月一日以降は金四三、六〇〇円とするのが相当と認められる。よつて原告学園に対し参加人がその所有権を取得した後である昭和三一年六月二九日以降前記明渡の完了まで、その不法占有に基く損害として賃料相当の損害金の賠償を求める請求は、右の限度内で理由がありその余は失当として棄却すべきものである。

(九)  以上の理由により、原告高木の訴は不適法として却下し、原告学園の請求はいずれも失当であるから棄却することとし、参加人の請求は右に示した範囲内で理由があるのでその限度で認容し、その余の部分を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し、なお仮執行宣言については不相当と認めてこれを宣言しないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 布谷憲治 外池泰治 白石寿美江)

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